愛されるほど、記憶は更新されない——。100年ブランド、カルピス®が向き合うジレンマとズレ。

愛されるほど、記憶は更新されない——。100年ブランド、カルピス®が向き合うジレンマとズレ。

ブランドが届けたい価値と、生活者が実際に受け取っている価値。そのあいだには、いつのまにかズレが生まれます。商品とニーズのあいだ、伝えたいことと伝わっていることのあいだ、ときには組織の内側にも。

クラシコムでは、このズレを解消し続けることこそがブランディングの核心であると考え、「ブランドインテグレーション」に取り組んでいます。今回、お話を伺ったのは、アサヒ飲料 カルピス・マーケティング部長(取材当時)の森口敬介さん(写真右)。技術職として飲料の味づくりに10年携わったのち、マーケティングに転じた「技術のわかるマーケター」です。

クラシコム ブランドインテグレーショングループのプロデューサー・越後雅史(写真左)が聞き手となり、110年近い歴史を持つ「カルピス」は、どんなズレと向き合ってきたのかを探ります。

変わらない本質を守りながら、挑戦し続けてきた100年

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ブランドメッセージ『カラダにピース』には、心と体の両方を幸せにしたいという思いが込められている

越後: カルピス®は2029年で110周年ですね。3世代にわたって愛されているブランドは多くはないですが、これだけ長く愛され続けてきた理由を担当者としてどのように分析していますか?

森口: 時代に合わせて見た目や味は少しずつ変えているのですが、飲んだ時の甘ずっぱい味わいや乳酸菌飲料の健康に良さそうなイメージはずっと守り続けてきています。

たとえば、1991年にカルピスウォーター®が登場するのですが、これはいつでもどこでも飲めるような容器にチャレンジして生まれた商品です。美味しさと健やかさを守りながらも、お客様のライフスタイルに合わせて変えていく。そこが長く飲み続けていただけている理由なのかなと思います。

越後: 変えてはいけない核はしっかりと守り、そのまわりは時代に合わせて変えてきた、ということなんですね。

森口: そうですね。先輩方が大事なことは守りつつ、チャレンジすべきところを見極めながら挑戦と失敗を続けてきたから100年以上つながってきたんだろうなと思います。

技術は進化したのに、記憶が更新されない——ロングセラーゆえのズレ

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越後: 長く続くブランドほど、時代や世代が変わるなかで、届けたい姿と受け取られ方のズレも積み重なっていきそうです。森口さんがいま感じているズレがあれば、聞かせてください。

森口: 子ども向けの甘いジュースだと思われている点は、大きな課題の一つですね。子どもの頃に飲んでいた方でも、中学生になると炭酸飲料に移り、大学生や社会人になると水やお茶が中心になる。大人になるにつれてカルピス から離れていく方がとても多いんです 。「カルピスは大人が飲むものではない」というイメージが、どこかにあるのだと思います。

ただ、子どもが生まれたことがきっかけで再び飲むようになるという方も多いですね。

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越後: 一度離れても、人生の節目でまた戻ってくる。出会い直すポイントが人生において何度かあるブランドって珍しいですよね。

森口: 飲まなくなった方へのインタビューで、「カルピスってどんなイメージですか?」と尋ねると、「カルピスを飲むと口の中にネバネバが残る」という声をよくいただくんです。

これはカルピスの乳成分と唾液が反応して凝集物ができる現象で、仕組みははっきりと解明されています。その仕組みがわかっているぶん、処方の改良も重ねてきて、今のカルピス®ではほとんど発生しません。特にカルピスウォーター®では、まず感じないはずです。それでも、多くの方が子どもの頃に飲んだ記憶のまま、「カルピスは口に残る」という印象を持ち続けている。実際の味と記憶の中の味の間に、ズレが生じているんですよね。

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越後: 技術ではとっくに解決しているのに、幼い頃の体験が強すぎて、印象のほうが更新されていないんですね。そのズレに対して、どのようにコミュニケーションしているのでしょうか?

森口: 目下、試行錯誤していますが、難しいのは「変わりました」と言葉で訴えても、なかなか届かないことなんです。最終的には、いまのカルピス®をあらためて口にしてもらって、「あれ、こんなにすっきりしていたんだ」と体感してもらう必要があります。しばらく離れていた方々をどうやってそこに持っていくかが、いまの課題ですね。

越後: 先ほど、守り続けてきた価値の一つとしてもお話にありましたが、「乳酸菌飲料だから体に良さそう」という価値は、いまのお客様に届いている実感がありますか?

森口: そこはもう少し伝えないといけないと課題視しています。ブランドが特に好調だった2018年頃は、「発酵の力」というメッセージをCMでも打ち出していました。発酵による美味しさと健やかさが、しっかり伝わっていた時期です。

ところが、そこから商品のラインナップが増え、美味しさ、家族の絆……と伝えたいことがどんどん 増えていきました。その都度メッセージを変え、あれもこれもと打ち出すうちに、いちばん伝えたかったはずの「発酵」や「乳酸菌」が、かえって届かなくなってしまったんです。

いまお客様に「カルピスのイメージ」を聞いても、乳酸菌や発酵由来の飲み 物だと知らない方が増えています。さらに、最近は各社が 乳酸菌を謳う製品を出していますが、カルピスは乳酸菌飲料であることを大きく打ち出しているわけではありません。結果として乳酸菌のイメージも薄れ、「甘くて白い飲み物」と捉えられてしまっている。「体に良いから買おう」とは、なかなか思ってもらえていないのが実態です。

ただ、本当に好きで買ってくださっている方に聞くと、「美味しくて、体にも良くて、カルピスにしかない価値がある」とおっしゃるんです。価値そのものは、確かに届いている。だからこそ、その価値をより多くの人に伝えきれていない今を、変えていきたいと思っています。

自分たちがカルピスの可能性を狭めていたのかもしれない

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越後: ブランドとして、日頃からお客様の声と丁寧に向き合われているんですね。私たちも同じように、お客様の声から商品とお客様のあいだのズレに気づくことがよくあります。

ただそれとは別に、ときどき立ち止まって、自分たちの活動をあり方に照らして点検することも大事にしていて。たとえば、社会のムードやトレンドを意識してチャレンジした商品が思ったほど伸びなかったとき、「これは自分たちらしい判断だったのか」「やろうとしたことが、自分たちのあり方からズレていなかったか」と問い直すんです。お客様がどう受け取ったかではなく、自分たち自身の基準で振り返る、ということですね。カルピスさんでも、お客様の声からではなく、自分たちのあり方に照らして「これはズレていたかもしれない」と気づくことはありますか?

森口: たくさんありますね。最近一番考えていることは、「自分たちがカルピスの可能性を狭めてしまっていたのではないか」ということなんです。

というのも、私たちは理想のカルピス®の飲み方を思い描きすぎてしまう。希釈タイプはお子さんのいるご家庭で、カルピスウォーター®は部活終わりの学生の方々によく飲まれています。データで見ればたしかにそのとおりで、ゆえにそこをターゲットとしたCMを作ることが多くなりがちです。

ただ、そういう訴求を続けるほど、そこに当てはまらない人に「これは子どもや学生の飲み物で、自分が飲む物ではないな」と思わせているかもしれない。よかれと思ってやってきたことが、かえって逆の結果を生んでいたんじゃないか、と。

ルールだけでは守れない。「らしさ」を解釈し、揉み続ける組織

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越後: ここまで「変えてきたもの」のお話が続きましたが、逆に、これだけは変えてはいけないというカルピスらしさは、どこにあるとお考えですか?

森口: カルピス®ブランドのパーパスは、「人と時をつなぐ“甘ずっぱいおいしさの体験と記憶” が、一人ひとりの心とカラダをすこやかにして、“ピースな世の中”を広げていく」というものです。人と人をつなぐ絆や、そこから生まれる笑顔や温かさがつながっていくことで、ピースな世の中が広がっていく。その世界観こそが、変えてはいけない核だと思っています。

越後: その「らしさ」を、これだけ大きなブランドで揃えていくのは大変ではないですか。社内で関わる人も多く、お客様の世代も幅広く、歴史も長い。人によって解釈が分かれることもあるように思います。

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森口: おっしゃるとおりです。カルピス®は自分たちで作る商品だけでなく、ブランドの貸与やコラボレーションにも取り組んでいて、関係者が本当に多いんです。 もちろん、"ブランドらしさ"を定めた社内用のブランドブックも整備されていますし、社外に貸与するときも、ルールや基準を満たしているかを確認する組織がある。ただし、ルールを作るだけでは"らしさ"は守れないと思っているんです。

越後: それはどういうことですか?

森口: ブランドブックは、これまで積み重ねてきた大事な価値を言葉に結晶させたものです。でも言葉である以上、そこには必ず「解釈の幅」が生まれる。その幅をどう読むかは、結局は人にしかできないんですよ。だからうちには「ブランド管理委員会」という組織があって、そのルールがどこまでを許すのか、何を守るために書かれた言葉なのかを、一人ひとりの想いも含めて、何人もの視点で議論しています。

カルピス®を厳密に定義すべきという人もいれば、もっと開いていくべきだと考える人もいる。あえて多様な視点を持ったメンバーが、ルールに照らしながら、そのつど判断を問い直している。その状態こそが大事だと思っていて。ブランドらしさをまとめたら、配って終わり、にしないことが大事なんだと思います。同時に、このブランドブック自体も不変のものではないので、時代に合わせて見直していく。守る基準を持ちながら、それを更新し続ける人たちがいる。その両方があって、はじめて"らしさ"が保てるんだと思います。

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越後: 私たちも同じような手応えを持っていて、すごく共感します。

当店の店長・佐藤も、非常に近いことを以前話していたんです。守るための一定の枠は必要だけれど、それをチェックシートのように使ってしまうと、かえって"らしさ"は痩せていってしまう。だから、囲いの中で一人ひとりが——言うなれば「正しく迷う」ことが大事なんじゃないか、と。さらにそこに新しい人の視点が入って、"らしさ"そのものが更新されていく余白がなければいけない。そしてルールで守るのではなく、ルールを託せる人を育てることが大切だ、と。そこは、規模が違っても本質は同じなんだなと、今日お話を伺って感じました。

110周年に向けて——「みんなに開かれたカルピス」へ

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越後: 今日は、甘ずっぱさや健やかさという「守ってきたもの」と、容器や伝え方という「変えてきたもの」のお話をたくさん伺えました。最後に、110周年を迎える2029年に向けて、生活者にとってどんなブランドでありたいか、抱負をお聞かせください。

森口: 100年以上受け継いできたブランドですから、大切にしないといけないという思いはあります。ただ、歴史があるだけでなく、今も新しくつながれていくことが大事です。これからの100年を考えた時に、「昔の飲み物」ではなく、自分も飲み続けたいし、自分の子どもや孫に、あるいは日本の文化の中で残していきたいと思えるような、そういうブランドにしていきたいですね。

そのためには、子どもや親子、学生だけをターゲットにするのではなく、もっともっと開かれた、みんなにとってのカルピスへ。それは世界も含みます。どんな人にも笑顔とピースを届けていける飲み物だと信じているので、万人に飲んでもらえるようなブランドにしていきます。

 

*部署・役職は2026年6月時点のものになります。

書き手:花沢 亜衣 | 写真:井手 勇貴

 

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